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大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)2218号 判決

控訴人(附帯被控訴人、以下単に「控訴人」という。)

遠藤大作

控訴人(附帯被控訴人、以下単に「控訴人」という。)

藤大商事株式会社

右代表者

遠藤大作

右両名訴訟代理人

田宮敏元

被控訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴人」という。)

芝原正義

右訴訟代理人

植松繁一

主文

一、控訴人らの控訴及び被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決中、控訴人らの関係部分を次のとおり変更する。

1、控訴人遠藤大作は、被控訴人に対し、被控訴人が同控訴人のため金一八一八万九七〇〇円の供託をするのと引換えに、原判決別紙物件目録記載第二、(1)ないし(4)の各建物につき昭和五二年五月二三日買取請求による売買を原因とする所有権移転登記手続及び本件各建物の明渡をするとともに、同目録記載第一の土地を明渡し、かつ、(無条件で)昭和四九年四月一五日から同五〇年三月三一日まで一か月金一〇万七〇〇〇円、同五〇年四月一日から同五五年一月三一日まで一か月金一一万円、同五五年二月一日から本件土地明渡しずみまで一か月金一二万二〇〇〇円の各割合による金員を支払え。

2、控訴人藤大商事株式会社は、被控訴人に対し、同目録記載第二、(1)建物の二階南側一室及び(4)建物を明渡して同目録記載第一の土地を明渡せ。

3、被控訴人のその余の主位的請求(当審で拡張した部分を含めて)及び当審でのその余の予備的請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は、第一、二審(附帯控訴を含む)を通じてこれを五分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人らの各負担とする。

三、この判決は、被控訴人勝訴の部分に限り(ただし、登記を命ずる部分を除く。)、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(控訴人ら)

一、控訴につき

1、原判決中、控訴人らに関する各敗訴部分を取消す。

2、被控訴人の主位的請求(当審での拡張部分を含めて)及び予備的請求をいずれも棄却する。

3、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、附帯控訴につき

1、本件附帯控訴を棄却する。

2、附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

一、附帯控訴につき

1、原判決中、控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。

主位的請求として

2、控訴人遠藤大作は、被控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載第二、(1)ないし(4)の各建物(以下「本件各建物と総称し、個別的には「(1)、(2)、(3)、(4)建物」と表示する。)を収去して同目録記載第一の土地(以下「本件土地」という。)を明渡し、かつ、昭和四七年一〇月一日から同五一年一月三一日まで一か月金三〇万円、同年二月一日から同五五年一月三一日まで一か月金三六万五〇〇〇円、同五五年二月一日から本件土地明渡しずみまで一か月金四〇万円の各制合による金員を支払え(昭和五五年二月一日以降の金員の支払いを求める部分については当審において拡張)。

3、控訴人藤大商事株式会社(以下「控訴人会社」という。)は、被控訴人に対し、右(1)ないし(4)の各建物から退去して本件土地を明渡せ((4)建物からの退去を求める部分は当審において拡張)。

4、仮執行の宣言。

予備的請求(右2、3項につき本件各建物に対する買取請求が認められた場合)として第一次的に

1、控訴人遠藤大作は、被控訴人に対し、(1)ないし(4)の各建物につき昭和五二年五月二三日買取請求を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2、控訴人らは、被控訴人に対し、(1)ないし(4)の各建物を明渡せ。

同じく第二次的に

1、控訴人遠藤大作は、被控訴人に対し、(1)ないし(4)の各建物につき被控訴人が右各建物の買取代金を供託するのと引換えに、昭和五二年五月二三日買取請求を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2、控訴人らは、被控訴人に対し、控訴人遠藤については被控訴人が前項の供託をするのと引換えに、(1)ないし(4)の各建物を明渡せ。〈中略〉

(控訴人らの主張)

〈中略〉

本件各建物について被控訴人主張のような任意競売の開始決定があつても、控訴人遠藤が本件各建物につき買取請求権を行使することは許さるべきであり、また、被控訴人に民法五七六条の代金支払拒絶権はなく、本件各建物についての被控訴人の代金支払と控訴人遠藤の本件各建物の引渡しとは同時履行の関係にあるものというべきである。

仮に被控訴人に民法五七六条の代金支払拒絶権があるとするならば、控訴人遠藤は同法五七八条に基づき被控訴人に対して右代金の供託を請求する。右供託のない限り本件各建物の所有権移転登記及びその明渡には応じられない。

(被控訴人の主張)

〈中略〉

三、1、本件各建物については、買取請求権行使前の昭和五一年八月一六日任意競売開始決定がなされて同年同月一七日任意競売申立の登記がなされているところ、競売手続後の第三取得者である被控訴人には滌除の資格がないから、被控訴人は本件各建物の所有権を取得してその移転登記を受けても滌除の手続をなしえず、競売手続の実行により右所有権を喪失する関係にあり、また、競売開始決定は債務者(抵当物件所有者)に対して処分禁止の効力があり、これに反する同債務者の処分行為は競売申立債権者したがつてまた競落人に対抗できない関係にあるので、これらの点から考え、控訴人遠藤は本件各建物について売買を形成せしめる買取請求権を行使することは許されないものというべきである。

2、予備的請求原因

仮に右控訴人が本件各建物の買取請求権を行使しうるとしても、本件各建物には抵当権設定登記があり、前記のように任意競売申立の登記がなされているから、これが競売になれば、前示のとおり、右買取請求権行使の結果被控訴人が取得した本件建物所有権を競落人に対抗できない関係にあるので、結局は、その所有権を失うにいたるおそれがあるというべきであり、したがつて、被控訴人は民法五七六条により買取請求権行使による本件各建物の代金の全部については、右競売手続の終結、その他により抵当権設定登記がすべて抹消されるまでその支払を拒みうるものである。そうすると、買取請求権行使の結果、被控訴人は、本件各建物の代金の支払と引換えでなく、無条件で控訴人遠藤に対して本件各建物の所有権移転登記手続と本件各建物の引渡しを、また控訴人会社に対しては前示のとおり共同占有中の本件各建物の明渡しを、それぞれ求めうることになる。なお、控訴人遠藤は民法五七八条により代金の供託請求をするが、被控訴人が右供託請求に応じて代金を供託しなければならないとするならば、その後被控訴人において本件各建物の所有権移転登記を受けたのちに競落になれば、その所有権を確保するためには、自ら競落人となりその競落代金を払つて、これを競落しなければならず、そうでなければ、別の新たな競落人に対し改めて右建物収去土地明渡の訴訟を提起しなければならない破目に追い込まれることとなり、すこぶる不公平な結果となるから、本件のような場合、買取請求権行使による本件各建物代金について供託請求をすることは許されないものというべきである。よつて、予備的請求の第一次的趣旨記載のとおり無条件の給付を求める。

仮に控訴人遠藤に民法五七八条の代金の供託請求権があるとしても、右供託請求を認めた趣旨は、買主が無資力となることあるべき危険より売主を保護せんとするものであるから、売主の所有権移転登記等の義務の履行と引換えに買主が代金を供託することにより売主の右危険は保護されることになる。よつて、予備的請求の第二次的趣旨記載のとおり、被控訴人は、被控訴人が右代金の供託をするのと引換えに、控訴人遠藤に対して本件各建物の所有権移転登記手続と本件各建物の引渡しを、また控訴人会社に対して前示のとおり本件各建物の明渡しを求める。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、請求原因1項及び3項の事実(ただし、芝原義雄の死亡の事実は当事者間に争いがない。)のほか、本件土地の借地権の内容は、期限の定めがなく、賃借人において目的土地に対する使用、収益、管理等の一切の行為をなしうる約であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二請求原因2の芝原義雄と棚橋伸一間の本件土地の賃貸借契約締結に関する事実は、特約の点を除いて当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右賃貸借契約には被控訴人主張の特約が存したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

控訴人らは、右認定の第一回目の土地賃貸借契約の内容が、その後昭和三四年に本件土地全部が賃貸借の目的となつた際に全面的に改定され右特約も存しなくなつたと主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はない。

三〈証拠〉によると、本件各建物とともに本件土地の賃借権は、昭和四五年七月頃棚橋伸一から林三郎に、同四六年八月頃林三郎から豊国土地建物株式会社に順次譲渡され、次いで、控訴人遠藤が昭和四九年二月頃確定的に豊国土地建物株式会社から本件各建物とともに本件土地賃借権の譲渡を受けていることが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

控訴人らは、本件各建物のうち(1)、(2)各建物の敷地の賃借権の譲渡については、賃貸人である芝原義雄のあらかじめの承諾があつた旨主張する。

なるほど、〈証拠〉によれば、棚橋伸一が昭和四四年三月(1)建物を担保(根抵当権の設定)に社寺信用組合西ノ京支店から融資を受ける際、乙第一号証の一(右義雄の同組合支店あて昭和四四年三月付借地上の建物根抵当の承諾書と題する書面)と同旨の書面(原本、以下同じ)が同組合支店に差入れられたことが認められ、そして同号証によれば、右差入れた書面には、右義雄が本件土地七〇坪の貸地について同地上所在の棚橋所有建物が将来抵当権の実行、その他任意処分され、第三者がその所有権を取得したときはその者に引き続き同土地を貸与する旨、控訴人らの右主張を裏づけるような記載部分がある。しかしながら〈証拠〉を合わせると、右差し入れられた乙第一号証の一同旨の書面は、社寺信用組合が棚橋に前示融資を実行する際に、融資手続上徴すべき必要書類の一部としてその具備が要請されたものであることが認められるものの、同書面に記載されているように、本件土地の賃貸人である芝原義雄が、単に融資の便宜を計るだけでなく、将来本件土地賃借権の譲渡を受けるいかなる譲受人に対しても何らかの留保をつけずに予め包括的にその譲渡を承諾するということは一般的には余り考えられないところであつて、いささか疑問に思われるところであるし、控訴人らの援用する各証人の供述によつても、実際に同書面を作成した者及びその作成時の具体的事情がいずれも不明であることが認められるし、〈証拠〉によれば、右同書面の記載は芝原義雄の署名を含めて同人の筆跡でなく、同人名下の印影も同人の印章によるものでないことが認められるほか、同書面記載の物件の表示、作成名義人地主芝原義雄なる表示等に不正確な点のあることが前示各証拠によつて認められるので、以上の諸点からすると、右の乙第一号証の一同旨の書面は、右義雄の意思に基づいて真正に成立したものと確認するに足りないものであつて、乙第一号証の一をもつて控訴人らの前記主張事実を認める証拠に供するわけにはいかない。もつとも、前示証人中野豊吉は、乙第一号証の一同旨の書面を徴する際電話で芝原義雄本人に同書面の差入を確認したとか、同書面を徴した二、三日後同本人に同書面を示しその差入方の了承を得た、その際初対面で名刺も交換した、乙第一一号証がその時の名刺である、などと供述するが、〈証拠〉に対比して考えると、思い違いか、ことを構えたにすぎないように思われ、そのまま採用することができない。そして、他に乙第一号証の一同旨の書面の成立、ひいてはこれに基づく控訴人の前記主張事実を確認できるに足りる証拠はない。

次に、控訴人らは、控訴人遠藤が昭和四六年八月一六日芝原義雄から本件土地の賃借権の譲渡につき承諾を得た旨主張するが、原審及び当審における控訴人遠藤大作本人尋問の結果、当審証人遠藤長次郎の証言によつても右主張事実を認めるに十分でなく、以上の証拠に〈証拠〉を合わせると、昭和四六年八月一六日控訴人遠藤が藤原長次郎を同道して芝原義雄宅で同人に対して本件土地賃借権の譲渡につき承諾を求めたが、同人は控訴人遠藤に対して棚橋伸一を連れて来てくれと答えたのみで右の承諾をしたようなことがなく、その後も右承諾は得られなかつたことが認められるから、右主張は採用することができない。

四そして、〈証拠〉によれば、(1)建物のうち一階部分は控訴人遠藤が、同建物二階南側の一室は控訴人会社が、二階北側の一室は訴外株式会社関西排水化学工業センターが、それぞれ占有し、(2)建物の北西角の喫茶店部分は控訴人遠藤が占有し、同建物のその余部分と(3)建物は控訴人遠藤と訴外共神モーターこと棚橋啓一郎が、(4)建物は控訴人遠藤と控訴人会社がそれぞれ共同で占有していることが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

してみると、控訴人らが他に本件土地を占有すべき権原のあることを主張、立証しない本件においては、被控訴人は、本件土地所有者に代位してその所有権に基づき、控訴人遠藤に対しては本件各建物を収去して本件土地を明渡すべきことを、控訴人会社に対しては(1)建物のうち二階南側の一室及び(4)建物から退去して本件土地を明渡すべきことを、それぞれ求めうることになる。

五控訴人らは被控訴人の本件土地の明渡請求は権利の濫用である旨主張するが、前説示のとおり控訴人遠藤において本件土地を占有すべき権原を有しない以上、その主張のように本件各建物に関して多額の出費をなしたとしても、芝原義雄ないし被控訴人がそのような事実を知りながらことさらこれを放置していたような事情や、また被控訴人がもつぱら控訴人遠藤に不当な損害を加えることだけの意図で本件土地の明渡しを求めるものであるなどの事情を認めるに足りる証拠もないから、被控訴人が控訴人らに対して前記明渡しを求めることは、これによつて被控訴人遠藤が経済的損失を被ることがあるとしても、権利の濫用にあたるものということはできず、控訴人らの主張は排斥を免れない。

六建物買取請求権の行使について

前示認定の事実のほか〈証拠〉によれば、控訴人遠藤は、本件土地賃借人の棚橋伸一が本件土地上に所有していた本件各建物及び本件土地賃借権を前示のような経過で豊国土地建物株式会社から譲渡を受け、本件各建物につき昭和四九年四月一五日にその所有権移転登記を経ていることが認められ、そして、控訴人遠藤の右土地賃借権の譲受について賃貸人である被控訴人の承諾を得た事実の認められないことは前説示のとおりであるから、控訴人遠藤としては被控訴人に対して借地法一〇条により本件各建物の買取請求をすることができるものというべく、同控訴人が被控訴人に対し昭和五二年五月二三日の原審第一四回口頭弁論期日において右建物買取請求権を行使したことは、本件記録に徴し明らかである。

被控訴人は、本件各建物については、右買取請求権行使前の昭和五一年八月一六日任意競売開始決定がなされて同年同月一七日任意競売申立の登記がなされているところ、右競売手続開始決定後の買取請求権行使による第三取得者である被控訴人には滌除の資格がなく、加えて、右競売開始決定は処分禁止の効力があるから、このような場合控訴人遠藤としては本件各建物の買取請求権を行使することは許されない旨主張する。

〈証拠〉によれば、本件各建物については、昭和四九年七月一〇日受付で根抵当権者株式会社関西相互銀行の債権極度額六千万円、債務者、所有者控訴人遠藤とする根抵当権設定登記がなされており、同銀行の右根抵当権実行による任意競売申立により昭和五一年八月一六日競売開始決定がなされ、同年同月一七日これを原因とする任意競売申立の登記がなされていることが認められるから、その後である昭和五二年五月二三日の前記買取請求権の行使により本件各建物の所有権を取得した被控訴人は、既に競売申立の登記がなされた後の第三取得者として滌除権を有しないものと解すべきこと被控訴人主張のとおりであるけれども、滌除権者でないことから(被控訴人は、利害関係ある第三取得者として被担保債権を弁済することもできよう―民法四七四条参照)直ちに任意競売申立登記後の買取請求権の行使が許されないとすることはできないし、また、前記任意競売申立登記により本件各建物につき差押の効力が生じて同建物に関する処分が禁止され、これに違反して処分しても、競売申立人及び競落人に対抗できないことは、被控訴人の指摘するとおりであり、したがつて被控訴人としては、前示買取請求権行使の結果取得する本件各建物所有権をもつて右競売申立人及び競落人に対抗できないこととなるわけであるが、そうであるからといつて、これを建物買取請求権制度の趣旨、すなわち賃貸人に対する承諾の間接的強制、投下資本の回収を図るなどといつたこの制度の認められている趣旨から考えると、右のような事情にあることだけから(右の場合、その後における競売申立の取下、抵当権の消滅等の事情も考えられないではなく、また進んで第三者が競落した場合には売主の担保責任の問題―民法五六七条―等としてこれを解決することも可能であろう)、このような場合でも右の建物買取請求の行使を否定すべきではないと解するのが相当である。したがつて、被控訴人の前記主張は採用することができない。

そこで、右買取請求権行使時である昭和五二年五月二三日当時における本件各建物の時価についてみるに、当審における鑑定の結果によれば、右当時の本件各建物の時価(建物自体の価格のほか場所的利益を含む)は一八一八万九七〇〇円とするのが相当であつて、右鑑定の時価算出の方式は相当であることが認められ、右認定に反する原審証人細野弘の証言と同証言により成立を認める乙第七号証は前記鑑定の結果と対比してその基礎となつた敷地価額の評価及び建物自体の評価の点に納得できないところがあるので採用することができない。

そうすると、控訴人遠藤の右買取請求権行使により昭和五二年五月二三日本件各建物につき代金一八一八万九七〇〇円で売買の効力が生じた結果、本件各建物の所有権は同日控訴人遠藤から被控訴人に移転したものというべきであり、したがつて、この限りにおいて控訴人遠藤の前示建物収去義務は免れたものというべきであるから、この義務のあることを前提とする被控訴人の本件各建物の収去、同建物から退去を求める主位的請求部分はこの限度で理由がないこととなる。

七予備的請求について

被控訴人の前示買取請求による代金の支払義務と控訴人遠藤の本件各建物の登記ならびに同各建物の引渡し(したがつてこれに随伴する本件土地の明渡し)義務とは同時履行の関係にあるものというべきところ、被控訴人は、本件各建物には根抵当権実行による競売申立登記がなされているから、民法五七六条により右代金の支払を拒みうる旨主張する。

本件各建物には、前示のとおり右の買取請求権行使前である昭和五一年八月一六日根抵当権実行による競売開始決定がなされ、翌一七日これを原因とする任意競売申立の登記がなされているのであるから、被控訴人が右買取請求権を行使された結果本件各建物所有権を取得したとしても(しかもその登記を経たとしても)、右の根抵当権者、及び競落人に対しては、右の所有権取得をもつて対抗することができない筋合であることは、前に説示したとおりであり、しかも買取請求権を行使した本件各建物について、今後その被担保債権が弁済され、右の競売申立が取り下げられるという期待は極めて少いとみるのが一般的である(本件においては右の被担保債権が弁済され、競売申立が取り下げられる可能性のあることを認めるべき確証はない。)から、このようにすでに競売開始決定がなされ、換価処分手続に入つている本件各建物について買取請求権が行使されてこれを買い取つた被控訴人としては、民法五七六条を準用して右売買の目的たる本件各建物所有権を失うおそれがあるものとして右の競売申立が、取り下げられるまで、あるいはその競売手続が完結するまで右の売買代金の支払いを拒みうるものと解するのが公平上相当である。

ところで、これに対し控訴人遠藤が民法五七八条に依拠して昭和五六年九月二九日の当審第一九回口頭弁論期日において、右買取代金の供託を請求したことは本件記録により明らかである。被控訴人は、右のような事情下において代金の供託請求をするのは公平上許されない旨主張するが、仮に右競売手続進行の結果被控訴人主張のような事情が生ずるとしても、このことだけから控訴人遠藤の各供託請求が許されないとする合理的理由は見出しがたいから右の主張は採用できない(なお、本件買取代金については、一般の売買の場合と異なり、客観的には定まつているとはいうものの、当事者間では明らかでないのでその代金の供託を求めるのはいささか酷のようであるが、一般的、客観的に相当と思われる代金額を供託すれば足りるものと解されるし、まして本件においてはその評価資料が提出されていることは記録上明らかであるから、この点から供託請求を否定する理由にはならない。)。

ところが被控訴人において右に応じて買取代金額を供託したことについてはその主張立証がない。

そうすると、控訴人遠藤が右のように代金の供託を請求しているのに、被控訴人が現在までにこれに応じて右代金を供託したことが認められない以上、被控訴人は前示の代金支払拒絶権はこれによつて失うものと解するのが相当である。したがつて、控訴人遠藤に対する被控訴人の右代金支払拒絶権を有することを前提として無条件給付を求める予備的請求中の第一次的請求はすでにこの点で排斥を免れない。

次に、被控訴人は、控訴人遠藤に対する予備的請求中の第二次的請求として、前示買取代金の供託をするのと引換えに本件各建物につき所有権移転登記手続及び本件各建物の明渡しを求めるので考える。

被控訴人が控訴人遠藤の前示買取代金の供託を請求したのに同代金の供託をしたことを主張・立証しない以上右代金支払拒絶権を失うものと解すべきであることは前説示のとおりであるところ、前示のとおり本件各建物についてはすでに任意競売開始決定がなされて換価処分手続に入つているため、被控訴人としては右買取請求によつて取得した本件各建物の所有権を失うおそれがあるような実情にあり、他方売主に右のような供託請求を認めたのは、被控訴人も指摘するとおり買主の無資力となるべき危険より売主を保護しようとする趣旨にあると解せられ(控訴人遠藤としても右の供託があるまでは自己の義務の履行を拒否するというのである)ことなどからすると、右のような事情のもとにおいては、被控訴人の代金支払義務の履行方法として被控訴人の提示するような供託によることを認め、この供託と控訴人遠藤の右各建物の所有権移転登記及び明渡義務の履行とを牽連させてこれを同時に履行させるのが当事者双方の公平の原則上妥当であると解せられる。

そうだとすると、控訴人遠藤としては、被控訴人に対し被控訴人が本件各建物の買取代金一八一八万九七〇〇円を供託するのと引換えに本件各建物について前示買取請求による売買を原因とする所有権移転登記手続及び本件各建物の明渡(引渡)、これにともなう本件土地の明渡をなすべき義務があるものといわなければならない。

控訴人会社は、右買取請求前の昭和四八年六月一日控訴人遠藤から本件各建物を賃料一か月五万円(その後一か月一〇万円に改定)で賃借占有しているからこれをもつて被控訴人に対抗できる旨主張する。〈中略〉

ところで、控訴人会社が本件各建物を賃借していることについてはこれを認めるに足りる証拠はない。もつとも前示のような控訴人会社が(1)建物の二階南側の一室、(4)建物を占有していることが認められるものの、そうだからといつて、この事実から直ちにその占有の権原が賃借権に基づくものであると推認できないのはいうまでもないところであるから、結局前記賃貸借の主張はこれを採用することができない。そして、他に同控訴人が本件各建物のうち前示占有部分を占有すべき権原を有することについてはその主張立証がない。

八最後に、被控訴人の金員支払請求について考える。

控訴人遠藤が棚橋伸一から本件各建物所有権の譲渡を受けるとともに本件土地賃借権の譲渡を受け、本件各建物につき昭和四九年四月一五日所有権移転の登記手続を経たこと及び右の土地賃借権の譲渡につき賃貸人である被控訴人の承諾を得たことの認められないことは、前記に説示したとおりである。そうすると、控訴人遠藤は、おそくとも本件各建物所有権の譲渡を受けてその登記を経由して完全にその所有権を取得した昭和四九年四月一五日から何んの権原もなく本件土地を占有し、これによつて賃貸人である被控訴人の本件土地に対する使用収益を妨げたものというべく、しかも前示に認定したところからすれば、右は少くとも同控訴人の過失にもとづくものと推認するのが相当であるから、同控訴人は、被控訴人に対し右日時から本件各建物につき買取請求権が行使された昭和五二年五月二三日までは被控訴人がこの間における賃料を取得した等特別の事情のない限り相当賃料額に当る損害金を、また、右買取請求権が行使された翌日の昭和五二年五月二四日から本件土地明渡しずみまでは前認定のとおり、同控訴人において被控訴人より前示買取代金の供託があるまでは本件各建物の明渡を拒みうるのに付随して本件土地の明渡を拒みうるものということができるものの、本件土地を使用収益すべき権利は有しないものといわざるをえないから、前同様特別の事情のない限り相当賃料額に当る金員を被控訴人の損失において利得したものというべく、したがつて、同控訴人は被控訴人に対しこれを不当利得として返還すべき義務があるものといわなければならない。

そこで、右の相当賃料額についてみるに、〈証拠〉、当審における鑑定の結果によれば、本件土地の継続賃料は、昭和四九年四月一五日から同五〇年三月三一日までは一か月一〇万七〇〇〇円、同五〇年四月一日から同五五年一月三一日までは一か月一一万円、同五五年二月一日からは一か月一二万二〇〇〇円を相当とすることが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

九以上説示のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は、控訴人遠藤に対し、被控訴人が金一八一八万九七〇〇円を供託するのと引換えに、本件各建物につき昭和五二年五月二三日の買取請求による売買を原因とする所有権移転登記手続及び本件各建物を明渡すとともに、本件土地(この部分は土地所有者に代位して)を明渡すべきことを求め、かつ、無条件で昭和四九年四月一五日から同五〇年三月三一日まで一か月一〇万七〇〇〇円、同五〇年四月一日から同五五年一月三一日まで一か月一一万円、同五五年二月一日から本件土地明渡しずみまで一か月一二万二〇〇〇円の各割合による金員の支払を求め、控訴人会社に対し所有権にもとづき前示占有中の(1)建物の二階南側の一室及び(4)建物の明渡しを求めると同時に、本件土地所有者に代位して本件土地の明渡しを求める限度でいずれも理由があるが、その余の被控訴人の主位的請求(当審で拡張した部分を含めて)、当番でのその余の予備的請求はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却すべきものである。よつて、控訴人らの控訴及び被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決中、控訴人ら関係部分を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九三条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(唐松寛 奥輝雄 野田殷稔)

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